ルワンダと歩んだ30年
日本とルワンダは地球の反対側にありますが、私たちの人生は、愛、喪失、喜び、そして困難を乗り越える力という共通の経験で結ばれています。私たちは違いよりも、似ているところのほうがずっと多いのです。代表の著書より
- 留学時代
米国でルワンダの人々と出会う
米国に留学中、20歳の誕生日に出会ったルワンダの人々に家族のように迎えられ、ルワンダの伝統舞踊のグループにも加わりました。
- 1994.12
初めてのルワンダへ
ツチ族に対するジェノサイドの後、友人の家族の安否を確かめ、自分にできることを探すためにルワンダへ向かいました。
- 1995
追悼の場づくり
米国のルワンダ人コミュニティとともに、最初のジェノサイド追悼式(のちのKwibuka)の開催に関わりました。
- 1996–2000
ルワンダで暮らし、働く
約3年間ルワンダに住み、日本からの中古車の輸入などのビジネスに携わりながら、復興の歩みを間近で見つめました。
- 1996–
学校への支援を続ける
米国の友好団体「Friends of Rwanda Association」の活動を通じて、ルワンダの若者の教育を30年近く支えてきました。
- 2011–
生まれ変わったルワンダへ
2011年に再訪し、きれいな街並み、地域の協力、鳥のさえずりに、ルワンダの力強い復興を実感しました。
























